誤嚥性肺炎と入院、転院 2

母が入院してから、私の生活はそれまでと一転
「内」から「外」に変わりました。
電車を乗り継いで、母のいる遠い病院へ通う毎日。
日曜日は父の施設に行った後、母の病院へ。

戸惑いました。
これまで行けなかった場所へ、自由に行けてしまう。
病院の帰りに街で時間を気にせずショッピングできてしまう。
外食も出来てしまう。

留守番してくれる人とのスケジュール調整に四苦八苦する必要もなく
外で自分の用事が果たせる。
ずっと医者から勧められていた、頸部のMRI検査も受けに行きました。
(その件は別記事に書こうと思います)
歯医者にも通い始めました。

これまでずっと出来なかった事が出来てしまう。
自由が戻ってきた。

だけど、自由に外食や買い物などした夜には
激しい悲しさ淋しさが襲ってきて、布団の中で泣いてしまうのです。
私が自由になったという事は、家に母がいなくなったという事。

母の痩せた顔や、仕草、介護中の色んなこと、色んな思いが頭をうずまいて
胸がぎゅーっと痛くなり、泣けて泣けて仕方なく、そのまま朝になったり。
メンタルが揺れているのを感じています。

入院して程なく、医師の判断で母は食事の経口摂取がなくなりました。
延命措置の有り無しを確認されました。

数年前にも1度、体重が18キロまで激減して医師から
「もう長くない。明日亡くなってもおかしくない」と宣告された事が
ありましたが、その頃はまだ経口摂取も出来ていたので
食べる工夫をこらして、なんとか回復させる事が出来ました。

転院先の病院では、はっきりと、予後数週間から数ヶ月、と
告げられました。

母の年齢は77歳ですが、レビー小体型認知症は身体的な進行がとても早く
肉体は既に90代後半くらいの状態で、筋肉も脂肪もほとんど
無いに等しいくらい、かろうじて心臓が頑張っているだけなのだと。

私達家族は、延命を希望していません。
苦しいだけの状態を長引かせたくない。

何も食べなくなって、数週間が経ちました。
点滴のみでつないでいる命です。
今度こそ、覚悟しなければならない。

と、頭ではわかっている状態です。

だけど、病院に行けば母は普通にいる。
会話は出来ないけど、反応はある。
頰をなでれば暖かい。話しかけると、たまに柔らかい笑顔が浮かぶ。
可愛い、可愛い、とても可愛い母がそこにいる。

母がもうすぐいなくなる事が、心では全く理解できていないです。



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